こんにちは!革の小部屋管理人の小次郎です!
英国靴の最高峰として君臨するエドワードグリーンですが、最近ネットの掲示板やSNSを見ていると、エドワードグリーンの品質が落ちたという不穏な書き込みを目にすることが増えてきました。
特に、かつての黄金期を知るベテランの愛好家の方々からは、現行品の革質や作りに対して厳しい意見が出ることもあり、これから20万円を超える大金を出して手に入れようと考えている方にとっては、非常に不安な情報ですよね。
私自身、エドワードグリーンの靴が持つ独特のオーラや、足に吸い付くような履き心地には何度も感動させられてきましたが、一方で近年の急激な価格高騰を目の当たりにすると、果たしてクオリティがその価格に見合っているのか、冷静に見極める必要があると感じています。
ということでこの記事では、旧工場時代の製品との比較や世界的な皮革流通の現状、そして実際に愛用しているからこそ分かる現行品の真実について、どこよりも詳しく整理してお伝えします。
エドワードグリーンの品質が落ちたと言われる背景

多くのファンが口にする「品質の低下」という言葉。その裏側を紐解くと、ブランドの努力だけではどうにもならない世界規模の皮革事情や、経営体制の変化という避けて通れない歴史が浮かび上がってきます。
世界的な革質の変化とタンナーの供給事情

エドワードグリーンの品質が落ちたと感じさせる最大の要因は、間違いなく「アッパーレザー(表革)」の質感の変化にあります。
昔の靴を知る方が「昔の革はもっとモチっとしていて、磨けばすぐに光った」と仰るのをよく聞きますが、これは単なる思い出補正ではありません。実は、最高級のフルグレインカーフを供給するヨーロッパのタンナー(皮革製造業者)を取り巻く環境は、この数十年で劇的に変わってしまいました。
畜産環境の変化が革の繊維密度に与えた影響
現代の畜産業は、何よりも食肉生産の効率化が優先されています。かつてよりも牛を短期間で大きく育てる技術が進んだ結果、仔牛の革であっても繊維の密度が昔ほど緻密ではなくなっているという指摘があります。
また、放牧から柵内飼育への移行により、牛がストレスを感じたり、柵で体を擦ったりすることで生じる微細な傷や、血管の跡である「血筋」が目立つ個体が増えているのが現状です。
最高級タンナーの囲い込みと選別基準
エドワードグリーンは今でもフランスのアノネイ社、デュプイ社、そしてエルメス傘下のハース社といった世界トップクラスのタンナーから革を仕入れています。
しかし、これら超一流のタンナーが供給する「グレード1」の革であっても、30年前の基準と現代の基準では、どうしても差が出てしまいます。エルメスなどの巨大資本が最良の原皮を優先的に確保する構造もあり、独立資本のシューメーカーが理想の革を確保する難易度は年々上がっています。
さらに、エドワードグリーンの代名詞である「アンティークフィニッシュ」についても、革の個体差をカバーするために仕上げが厚くなっているという見方もあります。
昔の革は薄い化粧でも十分に輝きましたが、今は技術を駆使して製品としての美しさを均一化している側面があるのは否定できません。これが、一部の愛好家に「素材の力が弱まった」と感じさせる正体なのかもしれません。
黄金期の旧工場製と比較した現行の完成度

エドワードグリーンを語る上で欠かせないのが、1982年にブランドを再建したジョン・フルスティック氏の時代です。この「オールドグリーン」と呼ばれる時期の製品は、現代でも中古市場で非常に高値で取引されており、品質の頂点として神格化されています。
当時の靴は、まさに採算度外視で「でき得る限りの最高品質」を具現化しており、その圧倒的な存在感と比較されることが、現行品の評価を下げる要因になっています。
1995年の工場移転という大きな転換点
ブランドの歴史には、1990年代半ばに起きた「工場移転事件」という悲劇がありました。当時、エドワードグリーンはジョンロブ(パリ)の既製靴を生産していましたが、エルメスによる買収提案を拒否した結果、主要な工場と熟練職人をエルメス側に奪われる形となってしまいました。
これにより、エドワードグリーンは新たな工場での再出発を余儀なくされたんです。
工場移転直後の1990年代後半から2000年代初頭にかけては、生産体制が不安定だったこともあり、確かにステッチの乱れや仕上げの甘さが見られる個体が散見されました。この時期の「混乱した印象」が、今でもブランド全体の品質に対する不信感として尾を引いている部分は少なからずあると感じます。
現行品の品質は実は「安定」している
しかし、冷静に今の製品を見てみると、工場移転後の混乱は完全に収束しています。2004年にヒラリー・フリーマン氏が経営を引き継いでからは、検品基準も非常に厳格になり、製品のばらつきはむしろ昔より少なくなっている印象です。
ヴィンテージ特有の「荒々しいまでの革の力」は薄れたかもしれませんが、現代の精密な機械と職人の手仕事を融合させた完成度は、既製靴として極めて高いレベルで安定しています。これを「品質低下」と呼ぶか「現代的な洗練」と呼ぶかは、好みが分かれるところですね。
ジョンロブと比較して分かる伝統の継承

最高級既製靴の双璧として常に比較されるのが、エルメス傘下のジョンロブ(パリ)です。ロブは巨大資本の力を背景に、世界で最も上質な革を優先的に使用できる圧倒的なアドバンテージを持っています。
そのため、革の美しさや均一性という点では、正直なところエドワードグリーンがロブに一歩譲る場面も少なくありません。しかし、だからといってエドワードグリーンの品質が劣っているという結論にはなりません。
「芸術品」のロブと「工芸品」のグリーン
ジョンロブの靴が磨き抜かれたクリスタルのような洗練さを放つのに対し、エドワードグリーンにはどこか「温かみ」や「英国的な渋み」が残っています。
例えば、ソールの仕上げ一つとっても、ロブが流麗なラインを追求するのに対し、グリーンは堅牢さと控えめなエレガンスを重視します。この「あえて少し無骨さを残す」スタイルこそが、エドワードグリーンのアイデンティティであり、ファンが愛してやまないポイントなのです。
独立資本だからこそ守れるフィロソフィー
資本の傘下に入らず、独立したシューメーカーとしてモノ作りを続けるエドワードグリーンは、流行に左右されない普遍的なラスト(木型)を大切にしています。
ロブがファッショナブルな新作を次々と投入する一方で、グリーンは202や32といった数十年前からの名作ラストを今も主役に据えています。この「変わらないこと」への執念は、品質管理においても発揮されており、見えない部分の補強や吊り込みの手間は、効率を重視するラグジュアリーブランドには真似できない領域に達しています。
関連記事:エドワードグリーンとジョンロブはどっちがいいか【価格比較・選び方の目安ガイド】
名作ドーバーのスキンステッチに見る匠の技

エドワードグリーンの技術力が今なお世界最高峰であることを証明しているのが、Uチップの傑作モデル「ドーバー(Dover)」です。この靴の最大の特徴は、つま先部分の縫い合わせに施された「スキンステッチ(ライトアングルモカ)」にあります。
これは、革の銀面(表面)を貫通させず、革の内部だけを針(実際には豚の毛を使用します)で縫い通すという、神業に近い技法です。
機械では不可能な「手縫い」の意地
スキンステッチは、あまりにも繊細で高い集中力を要するため、一人の熟練職人が一日に縫い上げられる足数はごくわずかです。多くの有名ブランドがコスト削減のために、見た目だけを似せた型押しや機械縫いに切り替える中で、エドワードグリーンは頑なに「完全手縫い」を貫いています。革の断面を見せずに立体感を作り出すこの意匠は、まさにブランドの誇りそのものと言えます。
このスキンステッチに使用される革は、少しでも傷があったり、繊維が弱かったりすると縫製中に避けてしまうため、必然的に最高ランクの部位しか使えません。つまり、ドーバーが存在し続けていること自体が、エドワードグリーンが今もなお最高級の素材を確保し、それを扱える超一流の職人を抱えていることの揺るぎない証拠なのです。
最近では、英国のドレイクスとのコラボレーションなどでも、このスキンステッチを駆使したモデルが発表されています。品質低下を嘆く声がある一方で、こうした「手仕事の聖域」をしっかりと守り続けている姿勢は、ファンとして非常に頼もしく感じますね。このステッチの盛り上がりを眺めるだけで、20万円の価値はある…と私は本気で思ってしまいます。
過去の価格改定がブランド評価に与えた影響
「品質が落ちた」という意見の正体を冷静に分析すると、その多くは「価格の上昇に対する相対的な満足感の低下」に行き着きます。
10年から15年前、エドワードグリーンのチェルシーやドーバーは、10万円台前半、並行輸入品なら10万円を切る価格で見つけることもできました。それが今や、20万円から30万円近い価格設定になっているのですから、ユーザーの目が厳しくなるのは当然です。
インフレと為替の影響がもたらした「高嶺の花」感
ここ数年の世界的な原材料費の高騰、物流コストの増大、そして大幅な円安。これらが重なり、日本国内での定価は驚くべきスピードで跳ね上がりました。
しかし、靴自体の作りが価格上昇に合わせて「2倍豪華になったか」と言われれば、答えはノーです。靴としての構造や製法は以前と同じ、あるいは一部簡略化されているのですから、古くからのファンが「昔の方が安くて質が良かった」と感じるのは無理もありません。
| 年代 | 目安の定価(税込) | ユーザーの心理的評価 |
|---|---|---|
| 2010年頃 | 約12万円〜15万円 | 「最高級だが、頑張れば買える実用品」 |
| 2020年頃 | 約16万円〜18万円 | 「高級化が進み、特別な一足になりつつある」 |
| 2026年現在 | 約22万円〜30万円 | 「富裕層向けの嗜好品。極めて厳しい目で見られる」 |
つまり、物理的な品質が劇的に下がったのではなく、価格が「実用靴の限界」を超えてしまったことで、消費者の期待値が上がりすぎてしまったことが原因と言えます。かつてはコスパ最強の王道だったエドワードグリーンですが、今はそのステータスや歴史を含めた「体験」に投資するブランドへと変貌を遂げたのです。
関連記事:エドワードグリーンの値上げ推移!2026年・30万円時代の買い方
芯材の仕様変更に関する現代の設計思想

靴好きの間でしばしば論争になるのが、靴の心臓部とも言える「芯材(しんざい)」の素材です。伝統的な高級靴では、踵(ヒール)や爪先(トゥ)の形を保持するために、水で濡らして成形する本革の芯材を使用します。
しかし、現在のエドワードグリーンの既製靴では、プラスチック系の熱可塑性樹脂(サーモプラスチック)や、レザーボード(再生革)が使われていることが分かっています。
「馴染み」か「形状維持」か
本革の芯材は、履き込むほどに持ち主の足の形に合わせて馴染み、最高のフィット感を生みます。一方で、湿気に弱く、一度形が崩れると修復が難しいという弱点もあります。
対して、現代の合成芯材は、非常に軽量で湿気に強く、長年履いても型崩れしにくいというメリットがあります。エドワードグリーンがこれらを採用したのは、決して単なるコスト削減だけが理由ではなく、安定した品質を世界中に届けるための「現代的な選択」だったと言えるでしょう。
もちろん、ビスポークに近いこだわりを持つ方からは「20万円もする靴にプラスチックを使うなんて」と批判されることもあります。しかし、エドワードグリーンのヒールカップの「掴みの良さ」は、素材以上にラスト(木型)の設計によって生み出されています。
素材の違いを設計の妙でカバーし、多くの人に快適なフィッティングを提供する。それが今のグリーンの設計思想なんですね。スペックの数値だけでは測れない、履いた瞬間の「あ、これだ」という感覚こそが、彼らの目指す品質の本質なのだと思います。
エドワードグリーンの品質が落ちた噂の多角的分析

品質への疑念がある一方で、なぜ今もなお、世界中のエグゼクティブや靴愛好家がエドワードグリーンを指名買いし続けるのでしょうか。そこには、流行を超越した普遍的な価値と、持ち主と共に時を刻む「道具としての完成度」があるからです。
優れた耐久性と一生モノと言える寿命の長さ

エドワードグリーンの靴を一度手に入れると、それは単なるファッションアイテムではなく、人生を共に歩むパートナーになります。その驚異的な耐久性を支えているのは、目に見えない細部へのこだわりです。例えば、アウトソールに使用されている「オークバークソール」は、樫の木の樹皮を使って一年近い歳月をかけてじっくりと鞣された、世界最高峰の底材です。
数十年履き続けるための堅牢な構造
このオークバークソールは、通常の革底に比べて耐摩耗性が格段に高く、雨の日でもふやけにくいという特性を持っています。また、土踏まずを支える「シャンク」には、一般的に使われる金属製ではなく、あえて木製のウッドシャンクを採用しています。
これは歩行時の返りを柔らかくするだけでなく、長年の使用で金属疲労による異音が発生するリスクを避けるための、計算され尽くした仕様です。
実際に20年以上前のエドワードグリーンを現役で履いている方は大勢います。それは、アッパーの革が丈夫であることはもちろん、内部のフィラー(詰め物)に厚手の天然コルクがぎっしりと充填されており、自分の足型に深く沈み込んでからも、その形状を維持し続けるからこそ可能なのです。
「品質が落ちた」と言われつつも、こうした根本的な作り込みに関しては、依然として一切の妥協がありません。安価な靴を数年で履き潰すよりも、20万円のグリーンを20年履く方が、結果としてコストパフォーマンスが高く、何より自分だけの形に育った靴を履く喜びは、他では得られない贅沢と言えるでしょう。
理想のサイズ感を実現するラストの選び方

エドワードグリーンが「既製靴の最高峰」として君臨し続ける最大の理由は、その豊富で完璧なラスト(木型)のバリエーションにあります。どんなに良い革を使い、どんなに丁寧に縫われていても、足に合わなければ靴としての品質はゼロです。グリーンはこの「フィッティング」という点において、世界で最も成功しているブランドの一つです。
日本人にも最適な名作ラストの数々
例えば、不朽の名作である「202ラスト」。これは「ボールジョイント(指の付け根)はゆったりしているのに、踵はキュッと絞られている」という特徴があり、踵が小さめの日本人の足に非常に合いやすいと言われています。また、より現代的でエレガントな「82ラスト」は、202のフィット感を維持しつつ、つま先をシャープに仕上げており、スーツスタイルを格段に引き立ててくれます。
「自分の足の形が既製靴ではなかなか合わなかったけれど、エドワードグリーンの特定のウィズ(幅)を履いたら、まるでオーダーメイドのような感覚だった」という話はよくあります。
こうした、多様な足の形に寄り添う「設計の質」こそが、今の時代におけるグリーンの真の品質と言えるのではないでしょうか。自分の足に完璧にフィットするラストを見つけることは、まさに一生の宝物を手に入れるような体験ですよ。
アンティーク仕上げが生む極上の経年変化

エドワードグリーンの靴を語る上で、あの深みのある「アンティークフィニッシュ」を抜きにすることはできません。
これは、完成した靴に職人が手作業で何層ものクリームやワックスを塗り重ね、何年も履き込んだかのような奥行きを新品の状態で表現する技法です。かつてジョン・フルスティック氏が確立したこのスタイルは、今もなおブランドの魂として受け継がれています。
履くほどに進化する「育つ美しさ」
新品時の美しさはもちろんですが、グリーンの本領は「履き始めてから」発揮されます。
日々のブラッシングや、数ヶ月に一度のクリーム補給を繰り返すことで、アンティークフィニッシュの層がさらに深みを増し、持ち主の歩き癖や手入れの癖を反映した、唯一無二の表情へと進化していきます。これは、均一な顔料で塗り潰された安価な革靴では、絶対に出せない「味」です。
革質が昔より落ちたという指摘もありますが、この「仕上げと手入れによる相乗効果」を考えれば、現行品であっても十分に素晴らしい経年変化(エイジング)を楽しむことができます。大切に履き込まれたグリーンの靴が放つ、鈍い銀色の光沢と深いしわの陰影は、履く人の品格すらも高めてくれる魔法の力を持っているように感じます。
手入れを怠らなければ、5年後、10年後には、新品の時よりも遥かに魅力的な姿になっているはずです。その過程を楽しめることこそ、エドワードグリーンを選ぶ最大の醍醐味と言えるでしょう。
資産価値を証明する買取価格の最新動向

20万円を超える高級靴を購入する際、心のどこかで「もし自分に合わなかったら…」という不安がよぎるものです。しかし、エドワードグリーンに関しては、その心配は最小限で済みます。なぜなら、このブランドは中古市場において、他の靴ブランドとは一線を画す「圧倒的な換金性」を誇っているからです。
リセールバリューという名の安心感
現在、エドワードグリーンの人気モデル(チェルシー、ドーバー、ピカデリーなど)は、状態が良ければ定価の3割〜5割程度の価格で買い取られることも珍しくありません。特に、近年の定価上昇に伴い、中古価格の相場もじわじわと上がっています。これは、世界中の靴好きが「エドワードグリーンなら、中古であっても高いお金を払う価値がある」と認めている証拠です。
| モデル | 需要の高さ | 査定のポイント |
|---|---|---|
| チェルシー(ラスト202/82) | ★★★★★(最高) | アッパーのクラック(ひび割れ)がないこと |
| ドーバー(スキンステッチ) | ★★★★★(最高) | つま先のステッチにほつれがないこと |
| ピカデリー(ローファー) | ★★★★☆(高) | ライニング(内側)の摩耗が少ないこと |
ブランドの知名度が世界的に高く、流行に左右されない定番品であるため、資産価値が非常に安定しています。「いざとなったら売れる」というバックアップがあるからこそ、私たちは20万円という大きな決断を下すことができるのかもしれませんね。
もちろん、売ることを前提に買うわけではありませんが、自分の審美眼が市場でも評価されていると知るのは、所有欲を満たしてくれる大きなポイントになります。
エドワードグリーンの品質が落ちた疑惑の総括
さて、ここまで「エドワードグリーンの品質が落ちた」という噂の真相を、様々な角度から深く掘り下げてきました。最後にもう一度、私なりの結論を整理してみたいと思います。客観的に見て、1980年代の「伝説的な革質」と比較すれば、現代の製品には素材の面で及ばない部分があるのは事実でしょう。
また、芯材の変更など、製造の合理化が進んでいる部分もあります。しかし、それはエドワードグリーンというブランドが、21世紀という厳しい環境の中で生き残り、安定して最高品質を届け続けるための「進化」の結果でもあります。
今、エドワードグリーンを買う価値はあるか?
私の答えは、間違いなく「YES」です。確かに価格は上がりましたが、今でもドーバーのスキンステッチをこれほど美しく縫える職人を育て、ラスト82のような官能的な木型を維持しているブランドは、世界を見渡しても他にありません。
機械製靴でありながら、これほどまでに「人の手の温もり」を感じさせる靴は、まさに奇跡のような存在です。もしあなたが、単なる見栄ではなく、自分を高めてくれる「真の名品」を求めているのであれば、エドワードグリーンはその期待を裏切ることはありません。
